『シン・ゴジラ』から『亜人』まで 2016年自選・自衛隊映画!

コラム

文:後藤健児
※本記事は、メルマガ『映画の友よ』(切通理作責任編集)への寄稿文を一部、修正したものです。

 昨今、日本社会の変わりつつある情勢に伴い、自衛隊や防衛に対する意識も変容しています。映画は現実の映し鏡なんて月並みな言い草ですが、実際、自衛隊映画が豊富にあった2016年。今回は、僕が独断と偏見でピックアップした極私的自衛隊映画をご紹介します。

◇『シン・ゴジラ』(庵野秀明総監督 樋口真嗣監督・特技監督)
 もはや説明不要の特撮怪獣スペクタクル映画の大傑作。僕も今までに計13回劇場で観ました(これまでの最高回数は『ロッキー・ザ・ファイナル』の6回)。あらゆる人たちから、あらゆる観点でその魅力が語り尽くされていますが、カッコイイ自衛隊もその一つでしょう。訓練どおりにキビキビと動く彼らの迅速な連携、グチや怯みを見せずに未曾有の危機に挑む勇敢さにかくいう僕もグっときました。ミリタリーオタク心を刺激する、最新兵器群の演習大会を見せつつも、怪獣の近くに国民が1人でもいたら攻撃を中止し、「攻撃だけが花じゃない、国民を守るのが仕事だ」と口にする隊員の姿は、兵器や爆発は大好きだけど非人間的なのは見たくないという好戦的な平和主義のオタク層にドンピシャで刺さったのではないでしょうか。発声可能上映で本作を観た時、大杉漣内閣総理大臣が「攻撃中止! 自衛隊の弾を国民に向けることはできない!」と下命するシーンで「いい人ー!」と皆盛り上がってました。そのわりには勇ましく戦闘ヘリが出撃する場面で拍手喝采しちゃうんだから、その辺のバランス感覚が大事ということですね。ただ、ゴジラ第3形態への攻撃時には逃げ遅れた都民の保護を優先して攻撃中止したものの、ゴジラ第4形態を武蔵小杉駅付近で迎え撃つ際、避難完了の確認には渡辺哲内閣危機管理監の「私は現場の報告を信じるだけです」との報告だけで武器の無制限使用まで許可してた首相には、ツッコミを入れたくもなりましたが(長谷川博己巨災対事務局長に至っては、ヤシオリ作戦開始前に、都民の避難が完了していない状態でも作戦を強行する始末)。

 製作時、防衛省の協力を得る代わりに自衛隊機の撃墜はご法度だったのか、ヘリや戦闘機の墜落はなく、目に見える形での隊員の生々しい殉職も描かれません。多摩川攻防戦ではバトルというより、微速歩行のゴジラに自衛隊の攻撃がひたすら通用しないだけ。描きようによってはカタルシス皆無の失笑ものに成りかねないところなのに、これがテンション上がりまくり! 一度も外さない正確な精密砲撃の嵐、攻撃ヘリに始まり、戦車、自走砲、誘導ミサイル、そして戦闘機の空爆と間髪入れずに畳み掛ける攻撃コンボにウットリ。『さらば宇宙戦艦ヤマト』ばりに主要登場人物が死にまくる『ローグ・ワン』とは違い、花の散り際を奪われた『シン・ゴジラ』の自衛隊員たちは、ゴジラの圧倒的な強さを引き立てる噛ませ犬に過ぎないはずなのに、それでもカッコイイ負け戦を見せてくれます。お見事としか言うほかありません。また、ゴジラによる直接的な自衛隊機の損壊(=搭乗員の殺害)が描けない代わりに、米軍爆撃機やローダー車両は放射能熱線で思いっきし破壊していたのには、架空の車両に乗る隊員は殺してもいいのかとまたも1人ツッコミを入れました。
 自衛隊プロバガンダ説まで飛び出すほど議論を呼んだ『シン・ゴジラ』は、間違いなく2016年ベスト自衛隊映画と言えましょう。

◇『亜人 最終章 -衝戟-』(瀬下寛之総監督 安藤裕章監督)
 決して死なない、亜人と呼ばれる者たちの壮絶な闘いを描く、桜井画門による同名人気漫画を原作にしたアニメ映画です。劇場版三部作の最終章は原作から大きく離れ、独自に展開。国家転覆を図る亜人のテロリスト・佐藤は同じ亜人たちのテロ集団を結成し、日本政府に攻撃を仕掛けます。要人の暗殺、高層ビル爆破、果ては毒ガスによる日本国民虐殺テロ計画。佐藤たちは自衛隊駐屯基地を白昼堂々襲撃、自衛隊員らと銃撃戦を繰り広げます。防戦する隊員たちも、いくら殺そうと生き返る亜人に押され、一人また一人と凶弾に倒れていきます。『シン・ゴジラ』では直接的な人の死、特に自衛隊員の殺害がほとんど描かれませんでしたが、本作ではゲームのザコキャラの如き軽さで隊員が殺されます。これはおそらく偶然でしょうけど、『シン・ゴジラ』と本作には共通点が多くあります。物語の終盤、米軍は佐藤たちのテロを内乱と解釈し武力介入、都民の巻き添えも気にせずに毒ガスを散布してテロリスト集団を討伐する最終作戦を計画。残されたチャンスは毒ガス散布までの間に、佐藤を倒して拘束すること。同じ亜人である、主人公の永井圭は仲間たちと強力して佐藤拘束作戦を決行しますが、それは地下道に潜む佐藤の頭上にガレキを崩落させ、身動きできないよう生き埋めにする、まさにヤシオリ作戦です。不死の怪物、国家の危機、米軍の介入、都民巻き添え最終手段回避のための凍結作戦。『シン・ゴジラ』と違うのは、『亜人』では結局ヤシオリ作戦が失敗する(!)ことくらいでしょうか。

◇『GANTZ:O』(さとうけいいち総監督、川村泰監督)
 奥浩哉原作漫画を3DCGでアニメ映画化。謎の黒い球・ガンツによって蘇生させられた主人公たちはわけもわからぬまま、異星人たちと戦うデス・ミッションに強制参加させられます。原作の中でも人気の高い「大阪編」を映画化した本作では、大阪を舞台に、ガンツ・チームと日本妖怪の姿をした異星人たちとの死闘が描かれます。道頓堀川に架かる戎橋上でガンツ・チーム×自衛隊員×妖怪軍団の三つ巴の闘いが勃発し、人知を超えた巨大妖怪に自衛隊員たちは成す術もなく踏み潰されてしまいます。自衛隊の出番はここくらいですが、本作も『シン・ゴジラ』に通じるものがあります(原作が描かれたのは『GANTZ』が先)。ラスボスのぬらりひょんは、形態変化を繰り返し、最終形態ではゴジラ第四形態を思わせるビームを四方八方に連射。いくら攻撃を受けても再生する不死身度を前にした非力な人間の絶望感もゴジラを思わせます。上映時間96分に収まるよう原作を潔くシェイプアップした本作は、開巻から終幕までバトルの連続で駆け抜ける、『シン・ゴジラ』とは好対照な作り。エヴァのようなガリガリ体型ではない、昔ながらの無骨でドシンと構えるずんぐり体型の巨大ロボも出てくる娯楽のつるべ打ちは、上映後のトイレで「正直、『シン・ゴジラ』より面白かったよ!」と若者に叫ばせるだけの熱量とサービス精神を持っていました。

◇『太陽の蓋』(佐藤太監督)
 2011年3月11日、東日本大震災発生後からの原発事故を巡る5日間の物語。政治家、新聞記者、原発作業員、市井の人々の姿を通して、あの時何があったのかを描き、菅直人や枝野ら、当時の政治家が実名で登場もするポリティカル・サスペンスです。首相官邸の会議シーンが多く、公開時期も近いことから「ゴジラの出ない『シン・ゴジラ』」という、ある意味不名誉とも言える扱いを受けつつも、話題になった本作。実際、僕もスルーしかけたところを『シン・ゴジラ』との共通点が多いことを聞きつけて、劇場まで足を運んだ1人。刻々と変化する状況と右往左往する人々の模様はテンポの良い演出と編集により、緊張感を最後まで持続させます。主人公の新聞記者(北村有起哉)の義妹がアメリカ人と結婚しており、夫に国外退去命令が出る等、他の3.11映画では描かれることのない要素もユニーク。監督の佐藤太は『ガメラ 大怪獣空中決戦』『ガメラ2 レギオン襲来』の監督助手として現場に参加、『ウルトラマンマックス』も手掛ける等、特撮作品の仕事も多いディレクターで、どうしても『シン・ゴジラ』との妙な因縁を感じてしまうのが人情です。東日本大震災は自衛隊の活動がクローズアップされ、その存在意義の大きさを強く日本国民に印象付けました。しかし、本作には自衛隊の活動はまったく描写されず、台詞で少し触れられる程度。予算の問題や脚本の都合もあったかとは思いますが、佐藤監督演出による自衛隊の活躍を見てみたかったです。

 自衛隊がほとんど死なずに大活躍する映画や逆に殺されまくる映画、存在はすれどまったく画面に映らない映画など、様々な自衛隊映画を紹介させていただきました。皆さんも、これからの日本を考える上で重要な自衛隊という存在を、映画を通して考えてみるのはいかがでしょうか。