『イート・ザ・ナイト』ゲームの世界に訪れる終焉。それは、この世界すべてと同じ終わり方かもしれない。

レビュー

文:後藤健児

●ゲームの終わりが彼らの絆を試す
 2人の兄妹をつなぐもの、それは「Darknoon ダークヌーン」。オープンワールド形式のオンラインRPGだ。幻想的な世界観の中、剣を振るってモンスターを倒し、領土を広げ、ときに他者と斬り合うこともある。ゴールはなく、自由きままに過ごせる世界。妹のアポリーヌはつまらない学校生活と親への憎しみで満たされない心を、ゲームの世界で充足させる。違法薬物の売買を生業とする兄のパブロもゲームを始め、兄妹はアバター同士で交流を重ね、絆を深めていった。しかし、残酷な告知は突然に行われた。ゲームサービスの終了。まだ数か月あるとはいえ、やがてその日はやってくるのだ。同じ頃、パブロは地元のワルとのいざこざをきっかけに、青年ナイトと出会う。両者は惹かれ合っていくが、その間にも「ダークヌーン」の終了日は刻一刻と近づき、アポリーヌの心はさらにゆらぐ。3人の関係には緊張が生まれ、ヤクの密売に絡む抗争は過激さを増す。「ダークヌーン」が終焉を迎えるそのとき、パブロたちは何を目にするのか――。

『イート・ザ・ナイト』チラシ

●仮想現実など存在しない
 フランスのキャロリーヌ・ポギとジョナタン・ビネルは、映画作家デュオとして世界各国の映画祭で高い評価をものにしている2人。共同短編『私たちに散弾銃が残されている限りは』(2014年)がベルリン国際映画祭短編部門で金熊賞を受賞。今回の長編『イート・ザ・ナイト』(2024年)はカンヌ国際映画祭の監督週間に出品された話題作。
 本作に登場する「ダークヌーン」は架空のゲームで、その映像はこの映画のために制作されたもの。アバターの表情や装備する武器、世界の空間、斬りつけた際の反応まで精巧に作られており、ゲーム外と同様に緻密な空間設計、美術へのこだわり、撮影、そして演技指導があってこそ、シネマティックなリアルさを獲得した(キャロリーヌ・ボギはこう語っている。「私たちの参照は、コジマプロダクションのゲームのような、非常に作り込まれたハイパーリアルな作品だった」――映画公式サイトより)。

 本稿では“現実世界”という言葉は使わない。なぜなら、ゲームの世界は仮想現実ではなく、我々がいま生きている世界の中の内宇宙であり、つまりはゲーム世界もまたまぎれもない現実なのだ。だからこそ、ゲームに没頭することは現実逃避ではない。社会が内包するコミュニティのひとつにどっぷり浸かっている状態だ。これまで描かれてきた、ゲームが題材の物語では現実とゲームの二項対立を軸にしたものが多く、ゲーマーをネガティブな目で捉え、“社会復帰”、“卒業”というワードも飛び交っていた。『イート・ザ・ナイト』は違う。ゲームにハマるアポリーヌは生きづらさを抱えはすれど、社会不適合者ではなく、一番価値ある冒険ができる場所としてゲーム世界を選んだ若者だ。
 とはいえ、どんなものでもハマりすぎると、ときに“依存”という問題にぶつかる。妹がゲーム世界に喜びを見いだし、バケモノや敵勢力との血にまみれた死闘を愉しむ一方、兄は街に薬物をばらまき、犯罪グループとの交戦でその顔を赤く染める。見えない人(あるいは見ようとしない人)には、認識されないが、社会の中で確実に存在する2つの世界に兄と妹はすがり、日々を戦っている(もちろん、兄のやっていることは犯罪行為であり、妹とのその差は決定的なものだ)。

●世界の終わりとはこういうこと
 ゲーム外でもコミュニケーションを取っているパブロとアポリーヌだが、アバター同士のチャットでの会話になると、会話のノリも話せる深さも異なってくる。“腹を割って話す”という言葉があるけれど、兄妹にとっては幻想空間の中で剣をかち鳴らしながらのやりとりがそれなのだろう。
 青年ナイトはゲーマーではなく、「ダークヌーン」も未プレイだ。彼の登場によって、パブロとアポリーヌはゲーム内外での自身の立ち位置を見つめなおすことになる。“ゲームチェンジャー”とは、物事の状況や流れを一転させる者を指す言葉だが、オンラインゲームとも裏社会での危険なゲームとも無縁だった彼がゲームチェンジャーの役目を担うのが面白い。
 暴力の渦にのまれていく3人の運命はどうなるのか。そして「ダークヌーン」の終了がどのように訪れるのかは、映画をご覧いただきたいが、筆者にはゲーム外の世界もあのように終わるのではないかと思える。それはとても悲しいものかもしれないが、映画の終盤で見せるパブロたちの表情を眺めていると、なんだかこんな終わりも受け入れられるような、そんな寂しい穏やかさを与えてくれる作品だ。

『イート・ザ・ナイト』は5月23日より、東京・シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

【クレジット】(映画公式サイトより)
原題:「Eat the Night」 2024年|107分
監督:キャロリーヌ・ポギ/ジョナタン・ビネル
脚本:キャロリーヌ・ポギ、ジョナタン・ビネル、ギヨーム・ブレオー
プロデューサー:トマ・ヴェルヘーグ、マチュー・ヴェルヘーグ、ジュリエット・シュラメック
アソシエイト・プロデューサー:トリスタン・ヴァスロ
プロダクション・マネージャー:ディエゴ・ウルゴイティ=モワノ
撮影監督:ラファエル・ヴァンデンブッシュ
録音:リュカ・ドメジャン
編集:ヴァンサン・トリコン
助監督:キャロリーヌ・ロンゾン
美術(セットデザイン):マルゴー・ルモリー
衣装:ピエール・ド・モネス
音楽:サリヴァ(SSALIVA)
〈Darknoon ダークヌーン〉制作:サラディビザ、リュシアン・クランフ
提供:JAIHO
配給:グッチーズ・フリースクール
©ATELIER DE PRODUCTION – AGAT FILMS & CIE – ARTE France CinNa