『シーシュポスたちのまなざし』若者たちの“澄んだまなざし”こそが、視線の暴力はびこる社会をうがつ。

レビュー

文:後藤健児 

●その視線が過去の記憶を呼び起こす
 揺れているのはカメラではない。カメラはがっしりと構えられている。揺れているのは黒田真優の心情だ。東京の大学で学ぶ黒田は授業の課題として、自身の企画によるドキュメンタリー作品の制作に取り組んでいた。その題材は、かつて彼女が高校生だった頃に通っていた学校で起こった、男性教諭による男子生徒への性的不適切行為。事件が世間に露見したことで、関わった者たちの人生は急変してしまった。当時にいったい何があったのか、渦中にいた人はどのような思いを抱えたのかを知るため、黒田は東京から故郷の土地へ戻り、取材を始める。しかし、事件のことを掘り返してほしくない地元の人々の多くは口を閉ざし、取材は思うように進まない。そんな中、ある人物から証言を得ることができ、取材クルーは町の隠された秘密に触れていく。だが、取材を重ねるうちに黒田のうちには動揺が広がっていく。あのとき、起こったこと。そこには、黒田自身が封印していた記憶も関係していた……。

上映館のシネマート新宿ロビーに掲げられたポスター

●永遠の苦役
 井上博貴監督・脚本の『シーシュポスたちのまなざし』は、ひとりの大学生の目を通して、SNSが蔓延する現代社会における真実の扱われ方を問う物語。タイトルの“シーシュポス”とはギリシア神話に登場する神のことで、他者を騙し続けた報いとして、巨大な岩を山の頂上まで抱え運ぶ行為を永遠に繰り返させられる。SNS社会では誰もがシーシュポスのように、自身を偽り、他者を欺き、貶めることが容易にできる。しかし、罰もまた永遠だ。一度、顔や実名が公開されてしまえば、本来の罪の重さ(そもそもが罪を犯していない者もいるだろう)に関係なく、ネット社会で押された烙印から逃れられず、永久に叩かれ続ける。

●飛び交う視線の嵐を貫く“まなざし”の力
 本作に登場するメインキャラクターの多くは20代の若者で、物心ついた頃から情報を相互に発信できるデジタル社会に慣れ親しんでいる。黒田たちの視点に立った本作でメディアの暴力性がことさら露悪的、煽情的に描かれないのは当然だ。彼女らにとって、情報メディアは畏れ多いものでも、あこがれるものでもなく、手を伸ばせば簡単に届く、いちツールにすぎないのだから。
 ならば、黒田たちを翻弄し、恐怖させ、それでも渇望させるものは何か。それは人と人とのつながりだ。相手と向き合うには互いに視線を交わす必要があり、そのまなざしはファインダー越しでも、5G回線を通しても、直接に瞳と瞳を合わせるでも同じこと。SNSの功罪や集団心理、同調圧力の怖さを描きながら事件の真相に迫るミステリー調の本作はやがて、誰もが通る普遍的な青春期の痛みを見つめる、青い春の物語として立ち上がる。
 いまだかつてない無数の視線に晒されて生まれ育ってきた若者たちに残された最後の武器は、その澄んだ瞳だ。言葉はあてにならない。映像も本物なのか。だけれども、“まなざす”ことをやめなければ、いつかは真実にたどり着く。井上監督が思いを託した黒田真優(=豊田ルナ)の瞳がスクリーンを通して、観客にそう語りかけているように思えた。

【余談】
 シネマート新宿で『シーシュポスたちのまなざし』を観たあと、新宿バルト9で観た同日公開『Never After Dark ネバーアフターダーク』(デイヴ・ボイル監督)の劇中に「シーシュポス」という台詞が出てきた。内容も両作は“まなざす”ことで見える世界が変わっていく物語。映画たちは時としてこのように偶然に結びつくのだ。

『シーシュポスのまなざし』は2026年6月5日よりシネマート新宿他で公開。

■クレジット(公式サイトより)
出演:豊田ルナ 平野宏周 髙岡優 山下航平 染野有来 門間航 大友一生 根矢涼香 神嶋里花 さくら 山戸ユキノ 松尾潤 小川涼 北川駿 長澤眞子 溝口奈菜 斉藤陽一郎 山田キヌヲ 橋本美和 / 細田善彦
監督・脚本・編集:井上博貴
プロデューサー:佐藤友彦 撮影:浅津義社 照明:石川冬生 録音:田原勲
衣装:中村もやし ヘアメイク:くつみ綾音 助監督:河野宗彦 制作担当:大塚勝彦 演出助手:秋葉美希
音楽・MA:中西ゆういちろう カラーグレーディング:中村里子
スチール:斎藤雄太郎 SNS担当:真田和輝/須藤洸勇/金世実 ポスターデザイン:大西隆斗
製作:『シーシュポスたちのまなざし』製作委員会(BBB/テラスサイド)
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム 宣伝:とこしえ
制作:BBB
©2026「シーシュポスたちのまなざし」製作委員会