文:後藤健児
湯浅公彦は変幻自在に顔を変え、依頼人の相談を解決するため、今日も探偵としての生業を続けている。同じ探偵社で誰よりも演技がうまい湯浅は、かつて舞台俳優だった。あこがれの演出家、柳本が演出する劇の主役に抜擢された湯浅だったが、柳本からはパワハラレベルの理不尽な指導を受け続け、ついには暴力で反抗。演劇界に身の置き場をなくした湯浅は、俳優として活躍する未来への道を自ら閉ざした。

ある日、湯浅に接触してきた男。彼も柳本に苦渋をのまされた経験を持ち、いまでは湯浅と同様に演劇からは離れている。男は言う、柳本は“多重人格障害”だと。柳本への復讐を求める男が主張する“多重人格障害”である証拠をつかむよう頼まれた湯浅は……。
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“解離性同一性障害”に各々の立場で向き合う人々を見つめた物語。解離性同一性障害はそのすべてが解明されてはおらず、いまも研究が続いている。この映画では“記憶”を軸に掘り下げた。つらい経験をした者が、自身を守り、避難するために別人格を生み出す。ある人格が覚醒している際、別の人格は意識と記憶の奥で眠るが、眠っている人格に傷つけられた者の思いはどうなのか。湯浅は別の仕事をしているいまもパワハラの記憶にさいなまれ、まともに眠れない夜もある。忘却はときに癒しとなるが、それは被害者だからこそ許される行為であり、加害の記憶を忘れ去ってはいけない。避難先がなく忘れられない湯浅と、忘れるための避難を繰り返す柳本は対になる存在だ(湯浅も耐えかねた末とはいえ、暴力を行使した以上、一方的な被害者というわけではないことは重要だ)。
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演劇の世界に背を向けた湯浅だったが、探偵として様々な風体で別の人物になりきる日々。自身の持つ演技力が活かせることも理由だろうが、筆者には湯浅が別の人物に扮することで、別の記憶(人格)を無意識に手に入れようとあがいているようにも見えた。彼もまた柳本と同じように、記憶の避難先を探していたのかもしれない。あるいは壊れた自身の心をつなぎなおすため、バラバラに散らばって乖離した心のカケラを、別人格で客観的に演じることによって具現化し、取り戻そうとしていたのではないか。
単純なわかりやすい“解”を観客に用意せず、劇場を出たあとも考えて続けてほしいと、シナリオの行間からの静かな訴えが聞こえてくる。解離性同一性障害を誇張した狂気に見せるのではなく、真摯に内省的な筆致で描く、静謐な心理ドラマの秀作だ。
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主人公の湯浅を演じるのは矢野聖人。やさぐれたワイルドさと、痛みを抱える繊細なナイーブさを身体に同居させ、本作のテーマをその存在感をもって体現。柳本役の六角慎司は、これまでも多くの映画や舞台で濃い役柄を演じてきたが、本作では彼の演技メドレーといってもいい多面的で豊かな演じ分けを見せてくれる。湯浅を優しく見守る探偵社社長に小松利昌。ともすれば暗く陰鬱になってしまいかねない世界観を、愛嬌ある役柄で中和し、重苦しさから解放した。同じく、その寛容な態度と仕草で作品に明るさをもたらすのが山岸。演じる佐伯日菜子の堂に入った佇まいが、浮遊する心の機微を扱う作品にどっしりとした安定感を与えた。
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そして、物語の鍵を握る精神科医の墨田役に小沢まゆ。人の心を中立の立場から分析して接するべき立場でありながら、ある思いに心動かされてしまう、本作中で誰よりも人間くさいともいえるキャラクターを好演。とある場面で心情を吐露する様には、観る者もそのやりきれなさに共振することだろう。
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映画や舞台、テレビなど、いろいろな現場を踏み、自らの色を持っている達者なアクターたちの個性をかち合うことなく絶妙にブレンドする演出をやってのけたのが、本作の監督・脚本・プロデューサーを務めた門脇重治。珈琲店で働きながらも映画制作の夢も持ち続けていた彼は、退職後に蓄えた資金を使い、『マリッジカウンセラー』『21世紀のおじさん』の前田直樹を監督補としてサポートを受けつつ、映画づくりに挑んだ。1957年生まれの門脇は70歳近い年齢で映画監督デビューを果たした。映画は体力勝負でもあるが、いくつになっても挑戦可能だ。すでに先人はおり、今年に公開された“シニア・ノワール”『枯れ木に銃弾』の司慎一郎監督も一般企業での長年の勤務を経て、70歳を過ぎてからの監督デビュー。どちらも年齢を感じさせない、否、むしろいくつかの若い世代の作品よりも、パワフルにテーマへぶつかっていく骨太な作品を提示しているではないか。これから、新人シニア映画監督世代の興隆が始まるのかもしれない。

『心のパズル』は5月23日より、東京・新宿ケイズシネマで公開。以降、全国順次公開予定。
出演:矢野聖人 六角慎司 / 小沢まゆ 檜尾健太 川綱治加来 金田誠一郎 古谷朋弘 加藤あみ 佐伯日菜子 小松利昌
プロデューサー・脚本・監督:門脇重治
撮影:長谷部久和 照明:小川大介 録音:白川淳 美術:竹内公一 竹内悦子 ヘアメイク:吉森香織 スタイリスト:森内陽子 ラインプロデューサー:小関恭司 スチール:茶谷明宏 監督補・編集:前田直樹 グレーディング:山田祐太 サウンドデザイン:河村大 音楽:星吉紀(姫神) 宣伝美術:佐々島健 アソシエイトプロデューサー:山﨑歩
企画・製作:PagosS 制作・配給:スタジオレヴォ
2026/日本/カラー/83分/16:9/5.1chデジタル/DCP
©2026 PagosS
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