『トレジャーハンター・クミコ』菊地凜子、大暴走。VHSテープにいざなわれる孤独な女の旅路。

レビュー

文:後藤健児
※本記事は、メルマガ『映画の友よ』(切通理作責任編集)への寄稿文を一部、修正したものです。

1本のビデオテープが狂わせる女の人生
 日本で会社勤めをしているクミコ(菊地凜子)は、職場の嫌味な上司や結婚を急かす母親にうんざりし、つまらない毎日を送っている。親友も恋人もおらず、仕事にやりがいも感じないクミコにとって大切なものは、ペットの兎・ブンゾウと1本のビデオテープだけだった。そのテープは、アメリカのスリラー映画『ファーゴ』が収められたVHS。クミコはテープを何度も再生し、手元のメモに入念な記載を行っている。実話と称されている『ファーゴ』の中で誘拐犯が雪原に隠した、大金の入ったスーツケース、その在り処をテープがボロボロになるまで、探し続けていたのだ。そして、遂に隠し場所の目星をつけたクミコは会社のクレジットカードを持ち出し、映画の舞台であるアメリカ北部ノースダコタ州のファーゴを目指して旅立つが……。
 この物語は、実在の映画『ファーゴ』がすべての発端となります。『ファーゴ』は、『ノーカントリー』『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』のコーエン兄弟が1996年に発表したスリラー映画。アメリカ北部のカナダ国境に面した州、ノースダコタにあるファーゴを舞台に、身代金誘拐事件から始まる犯罪劇を描いた物語。『ファーゴ』の冒頭、「この映画は実話を元にしている」とテロップが出ます。しかし、これはまったくのデタラメ。個々のディティールは実際の事件から着想を得ているとは言われていますが、全体を通した筋としては完全なる創作。北米ではすでに知られていることですが、日本ではいまだに実録と思っている人が多く、日米の予告編を比べるとその違いが分かります。アメリカ本国予告編ではコメディ色の強い紹介ですが、日本版予告編では「人間の愚かさと哀しさを描く」みたいな厳粛ムード。近年はインターネットの普及により、日本でも真相が広まっているものの、『トレジャーハンター・クミコ』では、『ファーゴ』を真実と思い込んだ日本人女性の悲喜劇が描かれることになります。

『トレジャーハンター・クミコ』ポスター
(原題:Kumiko, the Treasure Hunter)

コミュニケーション不全の女性が送る鬱屈した日常
 本作は前半が日本パートで、登場人物もすべて日本人です。言語も日本語。日本の描写にあまり不自然な部分はなく、何気なくこの映画が目に入ったら普通に日本映画と思ってしまうかもしれません。菊地凜子自身も製作に名を連ねているのでチェックが入っているのでしょう。
 クミコは商社で会社員をしている29歳の女性。仕事は、嫌味を言う上司のお茶汲みばかりで周囲の社員とも交流がありません。家に帰れば母親からの電話で、やれ出世したかだの、早く結婚しろだのと耳に痛い言葉をぶつけられます。自宅も貧乏学生が暮らしているような狭く、ごみの散らかったアパート。ろくに自炊もできず、カップラーメンばかり食べている生活能力の欠如したクミコ。偶然、道で再会した地元の知人に話しかけられても下を向いたまま、まともに受け答えができない。彼女には日々の生活は非常に生きづらいものでしょう。
 クミコが大切にしているものは、飼っている兎のブンゾウと1本のビデオテープ。そのテープには『ファーゴ』が収められています。市販の黒カセットテープのため、おそらくはレンタルビデオのダビングか、テレビ放送されたものの録画と思われます。再生画面はテープ劣化により、チラつきやノイズが激しく、まともに観られたものではありません。『ファーゴ』を実話だと思っているクミコは、映画の中で誘拐犯(スティーブ・ブシェミ)が雪原に埋めた現金入りスーツケースの場所を見つけようと繰り返しVHSを再生していたのです。その捜索方法がおかしくて、テレビモニターに紙を当ててトレースしたりとどう考えてもまともじゃない。本気で探す気ならもっと常識的な方法があるはず。探す行為そのものに現実逃避しているようにも思えます。お宝を「私の運命」とまで言い切るクミコにとって、トレジャーハントは鬱屈した人生の中でたった一つの拠り所なのかもしれません。

VHSが死に、女は混沌の旅路へ……
 ある日、自宅でのトレジャーハント生活に転機が訪れます。VHSテープがビデオデッキに絡み、オシャカになってしまいます。クミコはそのテープをなんとトイレ(和式便所)に流します(絶対にマネしてはいけません)。映像資料を失ったクミコ。再度『ファーゴ』のVHSを入手するのかと思いきや、彼女は電気店でDVDプレイヤーと『ファーゴ』のDVDソフトを購入。ここで筆者は「えぇえ~!?」と驚いて、コケそうになりました。最初からDVDを買っとけよ!と。そもそも筆者は本作の舞台が『ファーゴ』のVHS発売頃の90年代だと思っていたのですが、普通にDVDが売っている<今>の物語だったのです(そういえば、街頭で原発に関する演説が聞こえるシーンもありました。具体的に3.11に触れてはいませんが)。
 あらためて、DVD素材でトレジャーハントの再開です。より画質がクリアになった映像を観てクミコは遂に財宝の在り処に確信を持ちます。ノイズの入る禍々しいVHSテープにいざわなれた女が、使い物にならなくなって死んだテープを儀式のように水で流し、新しいメディアによって次のステージへ進む。謎のビデオテープの導きにより狂気の世界へ足を踏み入れていく男を描いた『ビデオドローム』(82)とはまた違ったアプローチです。
 上司や母親にキレたクミコは、図書館で地図を入手し(州や町の大まかな全体図。そんなもんで探せるか!)、アメリカ行きを決心。すべてを絶つため、唯一の心の家族と言える、兎のブンゾウも電車の中に置き去りにします(アメリカ本国では、ツイッターによる賑やかしの宣伝で、ブンゾウに似た兎の画像をハッシュタグ「#TeamBunzo」を付けてアップしよう!というキャンペーンが行われていました)。そして、会社のクレジットカードを横領したクミコは飛行機に乗り、旅立ちます。ここから後半のアメリカ編スタートです。

アメリカ雪国、女ひとり地獄旅
 まともな情報のないクミコはアメリカで即効行き詰まります。とりあえず、ファーゴを目指して旅を続けますが、英語もろくに喋れないため、親切にしてくれる地元の人ともうまく意思の疎通がとれません。クレジットカード横領がバレ、カードも止められたクミコは母親に電話で泣きつきますが、母親からは無断欠勤とカード横領を咎められ、罵詈雑言を浴びせられる始末。八方塞がりのクミコの前に現れたのは地元の保安官。演じるは、本作の監督でもある、デヴィッド・ゼルナー。ちなみに本作はデヴィッド&ネイサン兄弟による作品で、脚本・製作も兄弟で兼務しています(ネイザンも劇中に出演)。元になった『ファーゴ』もコーエン兄弟製作で、偶然だとは思いますが面白いですね。
 クミコから事情を聞いた保安官は呆気にとられ、『ファーゴ』はフィクションであることを告げます。しかし、それを頑なに否定するクミコは「It’s not fake! It’s real!」と叫び、地図に記したポイントを指差して「It’s treasure. It’s mine.」とドヤ顔を決めます。そして、保安官の制止を振り切り、タクシーでファーゴを再度目指します。
 走行中に思い当たる場所を見つけたクミコは、車を止めさせ、道路を越えた雪深い林の中へ走りだします。探索の途中、大事な『ファーゴ』のDVDを失くし、自身の平衡感覚も失っていくクミコは誰もいない雪林の中で倒れてしまいます。どれくらい時間がたったのか、意識を取り戻したクミコは人生のすべての拠り所である財宝を求めて、なおも歩き続ける。そして、彼女の目の前に見えてきたのは、映画で何度も観たあの雪原。地面に打ち込まれた木の柵の形も同じです。映画で描かれたことは本当だったのか? それともクミコはすでに『ビデオドローム』の主人公と同じ、狂気の世界へ取り込まれてしまったのか? クミコがたどり着く旅の終わり、それは皆さんの目でご覧いただきたいと思います。

映画にすがり続ける、ロードムービー
 本作はロードムービーの一つと数えることができます。旅物語は旅を通して、キャラクターが成長していく過程を描くのが定番ですが、クミコは最後まで人としての成長はなく、誰とも心の交流をすることはありません。観客から観ても、非常に感情移入しづらい人物。しかし、だからこそ孤独なクミコへの哀しさや憐れみが増すことになります。人による救済を否定し、荒唐無稽な埋蔵金探しに妄信するクミコの姿には、60~70年代のアメリカンニューシネマに見られる、アンチヒーローたちの<滅びの美学>に通じるものがあります(埋蔵金があろうとなかろうと、それは本来クミコのものではありませんし、日本でクレジットカード横領もしている彼女に幸福など約束されてはいないことを観客は知っています)。
 万人向けの感動は本作に用意されていませんが、「映画」にのめり込み、すべてを捨てて信じるものに突き進むクミコの姿に、映画ファンなら何かしら心を動かされるものがあるはずです。実際、筆者もクミコが保安官の言葉(=常識)を否定し、映画への信仰にしか目を向けない彼女に対して、痛々しい思いを抱きつつも、そこまで映画に暴走できることに若干の羨ましさも感じました。また、大人になり切れない女性の青春物語として、映画ファン以外にも楽しめると思います。
 いまや国際女優の地位を確立し、ハリウッドでも活躍している菊地凜子が、英語もろくに喋れず異国の地であたふたする人を演じる妙も、我々日本人から見て、面白く感じられます。外国旅行で映画のロケ地めぐりをしたことがある映画ファンは、慣れない土地で不安になった経験が誰しもあるのではないでしょうか。

映画製作のきっかけとなった、都市伝説
 『トレジャーハンター・クミコ』には製作のきっかけとなったある事件があります。2001年、ミネソタ州のデトロイト・レイクで20代後半の日本人女性が変死体で発見。彼女は東京からやってきた旅行者で、地元の人間に『ファーゴ』の舞台となった町の場所を訊いていたことから、尾ひれがついて、『ファーゴ』を事実と思い込んで、埋蔵金を探した末に凍えて息絶えた」と都市伝説化してしまったのです。実際のところ、もっと現実的な理由の憶測や説もありますが、本人が亡くなっている以上、真実は分かりません。分かっているのは、日本人女性がミネソタ州で亡くなったことだけ。この都市伝説はアメリカでは知られている話で、『トレジャーハンター・クミコ』の監督もこの事件からインスパイアを得て、脚本を作り上げていったそうです。

鑑賞時の劇場、カナダのTHE ROYALについて
 筆者は本作を2015年4月に、カナダ・トロントのリトルイタリーにある、THE ROYALという映画館で鑑賞しました。ここはコアな映画ファン御用達の劇場で、カルト名作から海外ヘンテコ映画、カンフーものやスラッシャー等のジャンル映画も網羅し、さらにはVHS映画上映まで行う何でもありシアター。東京で言えば、シネマート新宿と新宿武蔵野館と池袋シネマ・ロサを全部足した感じと言えば、分かっていただけるでしょうか。集まったお客さんも映画オタク暦が長そうな、つわものぞろい。上映中、映画の笑いどころにもノリよく反応してしました。こういったマニアックな映画はやはり、その道の人たちに囲まれた中で観るとグルーヴ感があり、より一層楽しめるものだなと思った次第です。

THE ROYALの上映スケジュール
『フラッシュ・ゴードン』(1980年)等、通好みのラインナップが楽しい
VHS映画上映DAYもある!

『トレジャーハンター・クミコ』
製作年:2014年
製作国:アメリカ
監督:デヴィッド・ゼルナー
出演:菊地凜子、デヴィッド・ゼルナー、勝部演之、シャーリー・ヴェナール、東加奈子、ネイサン・ゼルナー