巻頭写真 (左から)ユン・ガウン監督、ソン・スビン
取材・文:後藤健児
2025年11月21日~11月30日の期間に開催された第26回東京フィルメックス。映画祭が閉幕してからしばらく経つが、本映画祭で上映された作品の中で注目の一本をあらためて紹介したい。
第26回では、スー・チーが監督を務めた厳しい少女青春物語『女の子』(台湾)や、人事担当として働く女性が“人が使い捨てられること”の意味を問う『ヒューマン・リソース』(タイ)など、プログラミング・ディレクターの神谷直希によるセレクションは今回も多くの映画ファンをひきつけた。
各国の映画祭で存在感を際立たせるインディペンデント体制の韓国映画も、本映画祭で取り上げられた。ユン・ガウン監督の『The World of Love』(英題)は、負けん気の強い女子高校生がある日を境に自身が抱える忘れたい過去に向かうこととなるヒューマンドラマ。光のあたらない“不可視の人々”が1分を、1時間を、1日を、そして毎日を懸命に生きていく。わたしはわたしの世界の主人だと噛みしめながら。

会場に展示された『The World of Love』ミニポスター
11月29日、有楽町朝日ホールでの上映後にはユン監督と、主演のソン・スビンが登壇し、観客とのQ&Aに応じた。
ユン監督は以前にも東京フィルメックスで『わたしたち』(2016年)が上映されたこともあり、この場に帰ってきたことを喜ぶ。「デビュー作をここで上映していただきました。今回このように観客の皆さんとまた出会えて、本当にありがとうございます」と笑みをたたえて挨拶。
ソンは「日本が大好きなので、こうして来られて光栄です。招待してくだってありがとうございます。ユン監督の『わたしたちの家』(2017年)を何度も観て、俳優を志しました」とユン監督の過去作があって、いま自分がここに立っていることを明かした。
Q&Aの時間となり、観客席からいくつもの手がさっとあがる。皆も印象に残ったであろう洗車場のシーンについて、主人公のジュインは普段笑顔を見せているが、あそこだけは感情的に思いを吐露する。どのような状況下での撮影だったのだろうか。ユンが口を開く。「あのシーンが唯一、ジュインが気持ちを爆発させます。映画の中間くらいあたる非常に大事な場面。洗車場を見つけることが大変でしたが、奇跡的にあの場所が見つかりました。演技については俳優のふたりにお任せして、心配はありませんでした」とユン監督が語るように、登場人物にとっても作り手にとっても重要な場面だったようだ。続けて、低予算のインディペンデント映画ならでの苦労を話す。「本当はいろいろな角度から撮りたかったんですけど、後部座席にカメラを固定し、離れて息を殺して見守っていました。予算の限界がありましたが、結果的にあのようになってよかったのかもしれません」と苦心の結果を肯定した。
ソンは「他のシーンはリハーサルを二か月くらいやったのですが、あのシーンは監督がリハーサルをやらせてくれなかったんです」と明かす。監督から送られたメッセージには「このシーンではわたしたちが会ったことのない、ジュインの内面に入ってみよう。あなたはひとりじゃない、スタッフもいる」と書かれていたそう。
物語を通して、ジュインにまとわりつく“手紙”の存在。誰が書いたのか、女性なのか、男性なのか。わかりやすく特定されないよう工夫したことをユン監督が解説。「韓国語では主語で性別を区別することはないんです。女性か男性か特定せずに手紙の内容を設定しました。文字も20代のスタッフの方たちに総出で書いてもらいました。男と女、どちらでもないよう、性別は特定しないように。誰でもこの手紙を書きうる」と語った。テーマに沿う作り込みがなされたことは、映画を観た観客の誰もが認めるところだろう。
本作では性暴力被害が描かれる。映画を作るにあたって、被害当事者へのリサーチはどう行ったのかの質問が寄せられた。ユン監督は「この作品を準備している間、シナリオを書く時間以上に、たくさんの時間をリサーチに費やしたんです。書籍を読んだり、インタビューをしたり。そのいろいろな逸話を最大限映画に反映させようと努力しました」と重たいテーマだからこそ、じっくりと時間をかけて向き合ったことを説明した。

別日に実施されたトークイベント「『わたしたち』から『The World of Love(英題)』へ:ユン・ガウンが見つめる少女たちの世界」では小橋めぐみとの対談が行われた
すべてを明示することが映画としての正しさとは限らない。観客に疑問を抱かせることもまた物語のあるべき形のひとつ。本作で象徴的に登場する“リンゴ”もそうだ。その意味を問われたユン監督が話だす。「韓国での上映時にも同様のご質問をいただきました。映画で出てくるリンゴにはふたつの意味があります。リンゴを疑問符としたかった。どうしてジュインはリンゴが嫌いなのか。過去のトラウマに起因するのかもしれませんが、正確には明かされません。劇場を出て、疑問符を持ち帰ってもらいたい。自分にとっての疑問符はなんだろうと、誰かに対して疑問符を持ち続けてほしいと思い、リンゴを登場させました」
そうして、Q&Aは終わった。ユン監督とソンが拍手で送られ、各々の疑問符を持った観客たちは会場をあとにした。
次回の東京フィルメックスでも、観た者に疑問符を与える映画と出会えることを期待したい。
【本文敬称略】
第26回東京フィルメックスは2026年11月21日~11月30日の期間に開催。以下は各受賞作品。
■最優秀作品賞:『サボテンの家』(ローハン・パラシュラム・カナワデ監督)
■審査員特別賞:『しびれ』(内山拓也監督)
■スペシャル・メンション:『枯れ葉』(アレクサンドレ・コベリゼ監督)
■観客賞:『左利きの少女』(ツォウ・シーチン監督)
■学生審査員賞:『枯れ葉』(アレクサンドレ・コベリゼ監督)
■タレンツ・トーキョー・アワード2025:『Luzonensis and Floresiensis.』(グレン・バリット監督)
スペシャル・メンション
『Square Horizons – A House Across』(チェン・ジェンハン監督)
『The Void is Immense in Ilde Hours』(サム・マナクサ監督)
『Home-work』(くわやま あつし監督)


