※本記事には終盤に近いところまでのネタバレが含まれております。
文:後藤健児
※本記事は、メルマガ『映画の友よ』(切通理作責任編集)への寄稿文を一部、修正したものです。
『ブレイキング・バッド』は2008年からアメリカのケーブル局AMC(大人気ゾンビドラマ『ウォーキング・デッド』もこの局)で放送が開始され、2013年にファイナルとなるシーズン5が完結しました。2013、2014年のエミー賞(アメリカTVドラマに授与されるアワード)の作品賞を始め、多くの賞に輝き、2014年ゴールデングローブ賞では作品賞を獲得。主演のブライアン・クランストンはエミー賞主演男優賞を4度受賞し、準主役のアーロン・ポールもエミー賞助演男優賞を3度受賞。批評サイトのMetacriticにおけるスコアにおいては、ギネスレコードで「最も高く評価されたTVシリーズ」として記録されています。タイトルの「Breaking Bad」は「悪くなる」や「悪が現れる」という意味にもとれ、また「to break bad」(したいことをする、転落する)というスラングから来ているとも言われています。タイトルが表すように、一人の男が悪の道をひた走り、破滅へ突き進んでいく物語です。
誰のためでもなく
シーズン2以降では、深まる捜査の手やメキシコ麻薬組織の介入等、様々な障害がウォルターとジェシーを襲います。コンビの仲を裂こうする、警察や麻薬組織の罠にも彼らは屈せず、二人の絆はより強固なものとなっていきます。また、シーズン中盤でウォルターの妻・スカイラーにビジネスがバレてしまいますが、彼女は罪の意識を感じながらも家族のために通報せず、ビジネスの資金洗浄にも協力するようになります。ファイナルシーズン。自分を疑っていたある人物に正体を暴かれます。ジェシーともある事件から決別することとなり、ウォルターは全国指名手配された最重要容疑者として追われる身となります。そして迎えたクライマックス。家族のために溜めた金も奪われたウォルター。息子にも拒絶され、一時は持ち直した癌も再進行。全てを失い、自身の命さえも失いかけているウォルターはしかし、ある決意を秘め、街へ戻ってきます。妻・スカイラーの前に現れたウォルターは口を開きます。
「私がやったことは…」
そう言いかけるウォルターを静止し、スカイラーは言います。
「もうやめて。また『家族のため』と言うんでしょ」
スカイラーの表情にはウォルターに対する、諦めと呆れと嫌悪が入り混じっています。ウォルターの答えは違いました。
「自分のためだ。好きでやった」
「生きている実感を得られたんだ」
悪事に手を染めた動機は確かに家族のためだったでしょう。しかし、ウォルターの背中を押して、ドラッグビジネスの世界へ飛び込ませ、帝王の階段を昇らせ続けたのは他の誰でもない「自分のため」だったのです。
そして、ウォルターは全てにケリを着けに行きます。最後に訪れるフィナーレに僕は感慨無量でした。次の章では、本作の核となるテーマについて考察します。
暴走する「中年の危機」
シーズン1の途中、ウォルターの癌治療を受けるか否かで家族会議が開かれます。治療を受けるよう勧める家族に対し、ウォルターは静かに語りだします。
「私は今まで自分で決断をしたことは一度たりとてなかった。私は初めて自分の意思で決断をする。治療は受けない」
その後、家族のために治療を受けることになりますが、ウォルターのこの「自分で決断を下す、自分の人生」という要素は本作において重要です。本作はズバリ「中年の危機」を描いたドラマです。「中年の危機(ミドルエイジ・クライシス)]」とは、人生の後半に差し掛かった中年が人生の価値や自身の存在価値に苦しむ症候群を指します。中年期における、思春期のような心の苦しみです。アカデミー賞作品賞を始め、多くの賞を獲得した『アメリカン・ビューティ』(99)はまさしく「中年の危機」をテーマにした作品です。仕事を持ち、子供も大きくなった中年男が突如人生の意義に悩み、仕事を辞めたり、スポーツカーを買ったり、ファーストフードでバイトしたり、挙句娘の親友の女性にアプローチまでする騒動を描いたブラック・コメディです。ウォルターもバイト先の洗車場で、オーナーに啖呵を切り、仕事を辞めます。服屋で息子をバカにした男に鉄槌を加え、妻との激しい情事に興奮します。
また、悪事から手を引こうとする共犯の顧問弁護士に「引き際は私が決める」「前にも言ったろう、決めるのは…」と、何度も詰め寄ります。自分を解放することなく、良きアメリカ市民として、父親として、教師として、生きてきた男は癌宣告をきっかけに、自身の化学知識の才能をフル発揮、自分の意思で相手を従わせ、状況をコントロールしていきます。「中年の危機」の暴走です。
シーズン4の後半、億単位の金を稼いでもなおビジネスの規模を拡大しようとするウォルター。自分の死後も家族が苦労せず暮らせる金を残すためにドラッグビジネスを始めたはずなのに。ジェシーに問いただされたウォルターは次の言葉をつぶやきます。
「私は帝国を築きたい」
おそらく、本心で麻薬王になろうという気持ちはなく、自分の中に眠っていた才能でどこまで上り詰められるかの向上心に歯止めが効かなくなっているのでしょう。これも「中年の危機」が招いた症状の一つと言えます。家族も警察も極悪ギャングも皆、ウォルターの暴走に巻き込まれた被害者のようなものです。一アメリカ市民の「中年の危機」が招く、とんでもない混乱を描いたのが『ブレイキング・バッド』なのです。
二つのファミリーを持つ男
『ブレイキング・バッド』を観ていて、僕はあるアメリカドラマとの相似性を強く感じていました。そのドラマは、ジェームズ・ギャンドルフィーニ主演で1999年~2007年にかけて放送された『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』です。『ザ・ソプラノズ』は現代のニュージャージーを舞台に、イタリア系マフィアの中年男・トニーが組織のトラブルと家庭の揉め事を抱えながら苦悩する、ファミリードラマ。第1話で蓄積したストレスからパニック障害を発症し、病院へ運び込まれたたトニーは以後、精神科医のセラピーを受けつつ、ビジネスを続けます。FBIの捜査や敵対組織との攻防、そして家族との別離等、あらゆる人生の荒波がトニーに降り注ぎます。トニーの職業はマフィアですが、組織内の中間管理職的ポジションと家庭問題で苦悩する彼の姿に、世の多くのサラリーマンが自分を重ね合わせたと聞きます。
『ブレイキング・バッド』『ザ・ソプラノズ』両作ともに、家族とのトラブル、組織とのトラブルの板ばさみに四苦八苦。子供には自分の裏の顔を隠しているのも共通しています。両作品共に、エミー賞を数多く受賞し、批評家や視聴者から絶賛を受けながらも、短いシーズン(『ザ・ソプラノズ』はシーズン6、『ブレイキング・バッド』はシーズン5がファイナル)でスパっと終わっています。ウォルターもトニーも何より家族を大事にします。家族を守るためなら、罪もない他者に危害を加えることも厭いません。
トニーは血の契りを交わした、ファミリーメンバーを自分の家族と同じくらい大事にし、誰が見てもファミリーメンバーに非があるような状況でさえ「ファミリーだから」という理由でフォローします。ウォルターのジェシーに対する感情は、トニーがファミリーメンバーに対して抱くものと同じなのかもしれません。
癌と「中年の危機」に苦しんだウォルターと同様、心に病を抱えたトニーもシリーズの中で、度々人生の意義に悩み、精神科医の前で泣き崩れさえします。ここにも「中年の危機」が見てとれます。「一家の長として、家族を守る」「才能を活かし、ドリームを実現する」アメリカの家族主義、個人主義に囚われ、良きアメリカ人たろうとする男。『ザ・ソプラノズ』最終回の原題が「Made in America」なのは意味深です。
国民的ファミリードラマと聞くと、日本では『渡る世間は鬼ばかり』やNHK朝の連ドラを思い浮かべてしまいますが、アメリカのファミリードラマはこうも毒っ気たっぷりなのです。アメリカ製テレビドラマに馴染みのない方にも『ブレイキング・バッド』と『ザ・ソプラノズ』は是非観てほしい傑作ドラマシリーズです。
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