タイトル写真 新宿武蔵野館に設置された『顔 -かお-』の立体展示
取材・文:後藤健児
いまや韓国を代表し、世界的なヒットメーカーとなったヨン・サンホ監督。自身のグラフィックノベルを原作とした待望の最新作が『顔 -かお-』だ。ビッグバジェットの作品が続いていたヨン・サンホだが、今回はキャリアの出発点となるインディペンデント体制の作品に帰ってきた。パク・ジョンミンを主演に迎えた最新作は、かつて失踪した母親の白骨遺体が見つかったことから、その死の真相を追う息子がめくるめく謎に翻弄されていくサスペンスミステリー。この一筋縄ではいかない作品について、徹底的に掘り下げるべく、8月30日、東京・新宿武蔵野館で映画研究者・崔盛旭とライター・西森路代のトークショーが行われた。
※物語の核心に抵触する部分は、本ルポ記事では触れておりません。ご安心ください。
数々の美しい判子を刻み、韓国で著名な地位を築く盲目の篆刻家ヨンギュと、父を支えて事業を担う息子のドンファン。ある日、ドンファンのもとに警察から連絡がくる。40年前に失踪した母ヨンヒの白骨遺体が発見されたのだ。遺体はすでに骨と化していたが、殺人の可能性もあると聞かされるドンヒョン。弔いにやってきた親族はヨンヒのことを口々に悪く言う。その話しぶりに、母親の記憶を持たないドンヒョンは不可解なものを感じる。ヨンヒの写真は残されておらず、顔すらわからない。ドンファンは、ヨンギュを取材していた番組プロデューサーと共に、ヨンヒに何があったのかを探っていく。かつてヨンヒが働いていた縫製工場の従業員は、皆一様に彼女のことを「化け物のように醜い顔」だったと話す。さらに当時、ヨンヒが置かれていた状況や、ヨンギュとの出会いがどのようなものだったのかが明かされていくにつれ、ヨンヒの存在はさらに謎めいていった。
やがて、ドンヒョンは、あまりにも衝撃的な真実に行き当たる。そのとき、ドンヒョンやヨンギュはいったい、何と向き合うのか――。

物語はドンヒョンの視点で進む現代パートと、若きヨンヒが生きた40年前のあの頃が交差して紡がれていく。崔は本作について「韓国の独裁政権下で、犠牲になった女性たちの顔が重なってくる」と鑑賞した感想を伝えた。70年代~80年代にかけての軍事独裁政権下の韓国では、経済成長の名の下に、労働者たちは酷使され、使い潰されてきた。個より全体が優先される状況下で“声をあげる”ことがどれだけ大変なものだったのかを映画は描く。真実を伝えようとすること、それを排除する動き。映画を観ている間に、それらを描こうとしていることに気づいていたのかと西森が問うと崔はうなづき、チョン・テイルの名をあげる。ソウルの縫製工場で劣悪な労働環境をしいられる女性たちの現状を知り、立ち上がった労働運動家の名前だ。「1970年、労働環境の改善のために焼身自殺をしたんです。なぜ彼がそういう行動まで至ったのか」と解説する崔は、町工場で女性たちが置かれていた厳しい状況や搾取の実態を伝えた。
西森は「(いまでは)日本から見ると韓国ではデモやストライキは当たり前にできるというイメージがあります」と話すが、当時の韓国社会では違った。軍事独裁政権下の当時に個が民主的な権利を求めて立ち上がることは徹底的に潰されていた。それから民主化の動きがあり時代は変わった。崔は「いまは昔のような暴力的な弾圧、強制解散はできなくなっています。90年代前半、つまり民主化というものが韓国で本格的に始まりました」と語った。

続いてヨン・サンホ監督について。崔は「ヨン・サンホ監督はスリラーやミステリー、あるいはサスペンスやホラーなどのジャンル映画監督。本作も基本的にはサスペンスなんです。あの独裁時代の恐ろしさをこうやって遡り、皆に考えさせる作り方ですよね」と分析。
来日したヨン・サンホとパク・ジョンミンにインタビューした西森はヨン・サンホ監督が「この低予算映画を撮って、どういう結果が出るのかをすごい怖かったと仰っていた」と明かす。西森が本作を「描きたかったことが、今までで一番盛り込めたのでは」と言うと、崔も「大衆的な面白さからちょっと離れ、監督が作りたかった、アニメーション時代のような社会への鋭いメッセージをとことん追求する。そこに戻ったんじゃないか」と反応。
元々は漫画、アニメーションを出発点としているヨン・サンホ。アニメーション映画『ソウル・ステーションパンデミック』(2016)のあとに本作を構想していたというが、続く『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016)がメガヒットを放ったことで、メジャーシーンの作り手となり、以降インディペンデント体制の作品づくりをやりにくくなってしまったのだとか。西森は「韓国では、大きい作品を撮れる人が、小さい作品を撮ることは怖い、というのが意外でした。韓国で、投資を集めて撮るシステムから一回抜け出さないと、できないことなんです」と日本とはまた異なる韓国映画界の状況を解説した。
あらためて、時代背景について話が触れられる。崔はヨンヒたちが生きた時代の女性に、自身の母親を重ねて観ていたという。ヨンヒが縫製工場の工員として身を粉にして働いていたのと同様、崔の母親も家でミシン仕事を60歳を過ぎて引退するまでずっと続けていた。ミシンの油のにおいと、ペダルを踏む姿がずっと記憶に残っていると話す崔。そういった記憶を持つのは崔だけではなかっただろう。あまり宣伝費をかけられなかったにもかかわらず、多くの国民の共感を呼んだ結果、口コミ効果によって本作は韓国で100万人を超える動員を記録したという。ビッグバジェットではない、インディペンデント体制で作られた映画は3万人動員できればヒットと言われている中、これは異例なことだ。
それからトークは、パク・ジョンミンへと移る。西森がヨン・サンホ監督に、パク・ジョンミンとのタッグを希望した理由を訪ねたところ、「一緒に作っていると、新しい考え方をくれる人だから」と答えたのだという。その聡明さは実際に会った西森も感じたそうだ。通常、取材をした際、俳優は監督に比べて回答する量がそこまで多くないそうだが、「パク・ジョンミンさんは、監督並みにすごくたくさん語ってくださる」と感嘆したのだとか。
トークショーもお時間が来てしまった。最後に崔は「最近の韓国映画は、歴史を背景した映画がたくさん作られています。2倍楽しむためには、その背景を知っておくことが大事。これからも韓国映画をよろしくお願いします」と日本での韓国映画への愛着が続いていくことを願った。
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ここからは余談。トークショーの終盤で、観客へのプレゼントタイムがあった。ヨン・サンホ監督とパク・ジョンミンのサイン入りポスターが1名にプレゼントされる豪華企画だ。崔が引いたクジに書かれた席番号が当たりとなり、引いた番号は……筆者だった!
その後、筆者がいただいたサイン入りポスターはロビーで筆者に話しかけてくれた、韓国から来日したというお客さんに差し上げた。こういうものは持つべき方が持つべきであろう。大事にしていただきたい。
※この日、筆者はあくまで観客として通常料金を支払い、席のチケット購入をしていたことは念のため記す。

『顔 -かお-』は2026年8月28日(金)より公開中。
監督・脚本:ヨン・サンホ
出演:パク・ジョンミン クォン・ヘヒョ シン・ヒョンビン イム・ソンジェ ハン・ジヒョン
製作:ヘイリー・ヤン・ユミン 製作総指揮:ホン・ジョンイン 撮影:ピョ・サンウ 美術:イ・モクウォン 衣装:キム・ギョンミ 編集:パク・ジュエ 音楽:チェ・ミンジュ
2025年製作/103分/G/韓国
配給:ツイン
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