「制度や医療のあり方が、苦しむ原因にもなっていました」『京都ALS患者嘱託殺人事件』二村真弘監督へのインタビューで、残された言葉の向こう側に見える風景をうかがった。

レポート

取材:後藤健児 大川優花
文:後藤健児

 2019年11月30日に発生した「京都ALS患者嘱託殺人事件」――ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患い、24時間の介助が必要だった林優里さん(当時51歳)を、彼女の依頼により薬物投与で殺害した2人の医師が逮捕された事件だ。林さんはSNS上で、ALSの苦しみや、安楽死を望む投稿を度々行っていた。主犯の大久保愉一はSNSを介して林さんとコンタクトを取り、彼女の願いを聞き入れる。実際に会ってから約15分で殺害を実行した大久保と共犯の男は、2020年7月に逮捕された。捜査の過程で、以前にも人を殺めていたことがわかり、大久保には懲役18年の刑が下される。報道では、大久保のSNSやブログでの過去の発言が引用され、人殺しの願望を持つ異常者であるとの見出しが躍った。

『京都ALS患者嘱託殺人事件』メインビジュアル

 林さんは何に対して絶望していたのか。大久保の真意は何だったのか。そして、なぜ2人は出会ってしまったのか。「和歌山毒物カレー事件」を題材にした『マミー』(2024年)で、報道だけでは見えてこない事件の背景や関わる人々の思いを見つめた二村真弘監督による、最新ドキュメンタリー映画が『京都ALS患者嘱託殺人事件』だ。
 今回、二村監督へのインタビューを行い、嘱託殺人事件の被害者と加害者、それぞれの気持ちにどう向き合ったのかをお話いただいた。

二村真弘監督

●被害者と加害者、それぞれが訴えていたことの本質
――ネット上に残された膨大なテキストメッセージの中から映画で使うにあたり、選ぶ基準のようなものはございましたか?
二村 林さんに関しては、Twitter(X)上で1200を超える投稿があり、その大意を損なわないながらも、最終的にはこちらが取捨選択するしかありません。そこは難しいところでした。全体として、発言にブレがないような形にすることには気をつけましたね。林さんが一番に訴えたかったコアな部分は、取りこぼさないように。加えて、SNSでつながった人たちとのやり取りに関わる部分で選んでいきました。
――歯磨きの際に口を大きく開ける必要があることについて、クリスタルキングの曲「大都会」が出てきたりと、林さんのユーモラスなお人柄が立ち上がってくる箇所もあります。
二村 林さんとつながっていた方が、彼女とはすごくユーモアのある知的で面白いやり取りができたと。そういった中から、伝えられるものを選びました。クリスタルキングに関しては、歯磨きをするときになかなか口を大きく開けられないなどの彼女の生活感もわかりますから、映画に取り入れました。

林優里さんのかつての姿を収めた写真
言葉の端々から彼女の人となりが浮かび上がってくる

――大久保は林さん以上に多くのテキストを残しています。
二村 大久保は2万件ほどの投稿をしているんです。その中で、報道や裁判で使われている内容は、安楽死を推し進めることや、“社会のお荷物になる人はいないほうがいい”というような言動が取り上げられていた。僕も最初は、そういう考えを持った人なのかなと思っていました。けれど、2万件の内容を読んでいくと、過激な発言をしているのはほんのわずか。彼が臨床医として働く中で、終末期の医療に関して、患者自身の意思が医療に反映されないことへの憤りや、それは医療従事者がなんとかするべき問題なんだ、という問題提起が大半だったんです。大久保が訴えていたことの本質を失わないように、それが伝わればいいなと。ただ、僕の印象だけだと勝手にそう見えたともいえますから、今回は供述分析の専門家に依頼して、投稿内容やブログも読んでもらった上で、彼がどういう思想を持っているのか、なぜこういうことを言ってるのかを探っていただいたんです。
――大久保の訴える問題提起自体は理論的でもありますが、その言い方、伝え方には引っかかりを覚えます。
二村 実際に彼自身とも話をしましたが、フォロワーが増えていく中で、自分に期待されているものや、世の中の流れを読んで、こういう発言をしたら盛り上がるんじゃないか、という気持ちもあったと語っていました。
――自分をよく見せるというか、自身をキャラクター付ける振る舞いを大久保の言葉からは感じます。
二村 2ちゃんねるとか、Twitter(X)に親和性の高い人なので、相手から関心を引くような言い方だったり、自虐的に話してみたり。だから、それが逆に裁判などでは、見方によっては非道なことを言っていると聞こえるんですよね。

専門家による供述分析も行い、映画は大久保の心理に迫る

●俳優による語りとAI音声
――林さんのテキストメッセージが、田畑智子さんの声で語られます。田畑さんを起用した理由は?
二村 林さんご本人の声は聞いたことがありませんでした。ご友人たちから、林さんは気の強い方だったと聞いており、イメージに合う方を探していたときに、京都出身でもある田畑さんがいいんじゃないかと思い、お願いしました。
――メッセージを読む上で、田畑さんにはどのようにお伝えしましたか?
二村 テキストの内容そのものに引っ張られるのではなく、フラットに淡々と読んでいただくことをお伝えしました。田畑さんには、ちょっとした言葉の語尾の感じや、京都弁のイントネーションを加えるなど、非常にうまく読んでいただけました。
――テキストでは語尾に「!」が付いていても、読み方は淡々としていましたね。
二村 実際に林さんがどういう気持ちだったのかは、あまりこちらが演出しすぎないほうがいいかなと。聞く人にとってはそちらのほうが、すんなり入ってくると考えました。
――対して大久保は、過去に彼が発した声を元にしたAI音声で作られています(※本人からは許可を得ている)。AI音声を選択した理由は?
二村 大久保は特徴的な人で、何度面会に行っても、全然目を合わせてくれないんですよ。うつむきながらボソボソ早口でしゃべっている。生まれ育ってきた環境や、彼自身が持っている特性でしょうか。小学校のときにいじめられていた経験も含め、特徴がある彼の話し方をなんとか伝えられないだろうかと。話し方が似ている俳優さんに真似てもらうことも考えましたがなかなか難しく、悩んでいたときにAIの技術を使ってはどうかと思いました。編集している最初のほうにAIを試したときは、あまり似ていなかったんです。それで一度は諦めていたんですが、半年後くらいにもう一回試してみたら、AIの技術が進歩したこともあり、精度が高くなった。僕が面会で彼と話をしているときのようでした。結果として、彼の人間としての印象を伝えるため、AIを使ったという経緯です。
――AIを実際に使ってみて、感じたところがあればお聞かせください。
二村 技術的な部分でいうと、これからどんどん進んでいき、さらに精度がよくなっていくと思います。ただ、今回は大久保の人となりを伝えられる手段のひとつとして、AI音声を使いました。単純に似ているからという理由だけで使ってしまうと、観客を無自覚に誘導しかねないし、被写体の存在そのものを歪めてしまう可能性もある。何のために使うのか、というこちら側の倫理観が厳しく問われるだろうと思いました。

林優里さんが残した言葉に声を重ねた田畑智子

●あの1文字を打つためにどれだけの時間がかかっているのか
――この映画を観たとき、最初のシーンで一気に引き込まれました。日本の記録映画でも、水俣病を扱ったものなど、障害や病気を抱えた患者さんが体験している時間をまずそのまま提示することがあります。本作では、映画のはじめにALS患者さんが、文字をゆっくり目で追うところを、カットせずに映していました。今回の事件を伝える軸とは別に、そういった症状をじっくりと見せることに関しての意図はございましたか?
二村 林さんのTwitter(X)への投稿やブログは、あの1文字を打つためにどれだけの時間がかかっているのか。大久保とのやり取りの中で、彼への返信時にどういう苦労をしているのか。目を開けているだけでも痛いはずですし。そういったものが、やっぱり文字だけだと伝わってきません。今回、取材させていただいたALS患者の方が視線で文字入力するところを、冒頭に映画を通して体験してもらうことは必要なんじゃないかと考えました。初期の編集では冒頭で使っているやりとりを全てリアルタイムで見せたのですが、その場面だけで20分ぐらいになってしまい、さすがにそれは諦めました。
――今回の作品は98分です。長期にわたる取材をしたドキュメンタリーでは2時間を超えるものも多いですが、この尺になった理由があれば、教えてください。
二村 前回の『マミー』は120分弱でしたが、今回は100分を切ろうと考えていました。本作は特に投稿を読んで文字を追ったりすることが多いので、集中力がどこまで続くか。なるべく、コンパクトにまとめたかったんです。
――音楽の使い方や、タイトルの出るタイミングなども含めて、緊迫感も感じられ、引き込まれました。
二村 インタビューや再現シーン、投稿されたテキストなど、動きのない場面をそのまま見せるのではなく、内容を伝えるためにも興味を引くような仕掛けをいくつか作っています。

ALS患者として生きる日常を映画はダイレクトに捉える

●耐え難い苦しみがどうして解決されないのか
――大久保の母親へのインタビューが印象的です。犯罪者の肉親である、あの母親への取材は、他の取材対象者とはまた違う向き合い方があったのでしょうか。
二村 大久保の幼少期の話は本人からもいろいろ聞いていました。親からこういう扱いを受けていた、とか手記が送られてきて、読んでいたんです。でも、あまり信用できない部分もありました。そういったことをする親もいるとは思うんですけども、大久保の人柄も含めて、大袈裟に話している可能性もあるのではないかと。それで、直接話を聞いてみたいと思い、母親に事実ですかと聞いたところ、ああいうふうにおっしゃっていました。ご質問の答えとしましては、加害者の親だからどうということはなく、証言をしてくれる方のひとりとして捉えておりました。
――大久保は、元同僚の方の証言もそうですし、彼を悪く言う人がいないように思えます。
二村 2020年に逮捕されてからの報道内容と、かなりギャップがあったんですよね。優生思想を持つサイコパスの快楽殺人者で、殺したいから林さんに近づいたんだ、とも書かれていました。それの元になったのは警察や検察の主張もあるんですが。それで、僕もずっとそのイメージを持っていました。ただ、裁判を傍聴したり、実際に会ってみると、結構泣くんですよ。ちょっとでも何か優しいことを言ったときや、同僚の医師に話を聞いたことを報告したとき、彼は涙を流す。どうしても、元々持っていたイメージとのギャップがあったんです。一方で、演技かもしれないという疑いもあるわけで、そのあたりはいろんな方を訪ね歩き、話を聞いていきました。
――今回、取材はしたけどあえて映画に入れなかった人物や、映画のテーマとしては外した要素について、お聞かせください。
二村 外した要素としては、安楽死の是非でしょうか。今回の事件そのものからは少し離れて、そもそもいまの日本において安楽死は制度として必要なのかどうかといった趣旨で話を聞いた方はいましたけれど、そういったところは最終的に使いませんでした。そのあたりは僕も取材をする中で迷っていたというか、そういう要素も必要なんじゃないかなとも思ってはいました。でも、やはりこの事件に目を向けることに徹したほうがいい。それに、耐え難い苦痛から逃れる術がないこと、ヘルパーの人手不足や望まない「異性介助」など、林さんが訴えていたことが、いまこの日本の中でなぜ叶えられないのか。耐え難い苦しみがどうして解決されないのかを、描いたほうが意味がある。だから、安楽死そのものの議論に関する箇所は省いています。
――エンドロールに流れる曲に意外性があって驚きました。
二村 林さんは大久保との最後のDMのやり取りの中で、あの曲のフレーズを思い出した。20代の林さんが世界中を回り、青春を謳歌していた時代の曲だから、パッと思い出したんでしょうね。絶対に彼女自身は悲観していなかったというか。大久保が来たことで、いまの苦しさから解放してもらうこと、つまりは死ぬことですけど、それに対して、あの曲のメロディのようなワクワクする気分だったんだと。それを象徴するのがあの曲で、一番最後に相応しいかなと考えました。
――最後にメッセージをお願いいたします。
二村 事件自体は覚えている方も、ニュースではなかなか見えなかった背景があると思います。ALS患者の林さんと大久保が、なぜ出会ってしまい、事件という形で世に知られてしまったのか。その背景を見ていただきたい。そして、林さんが訴えていた苦しみ。ALSという難病になってしまったことだけではなく、制度や医療のあり方が、苦しむ原因にもなっていました。その部分に目を向けてもらえるようになればいいなと思っています。
【本文敬称略】
※2026年10月8日 東京にて取材。

この事件の背景にあるものは何だったのか

『京都ALS患者嘱託殺人事件』
10月31日(土)より〈東京〉ユーロスペース、〈京都〉京都シネマ、〈大阪〉第七藝術劇場ほか全国順次公開

声の出演:田畑智子
撮影:松村敏行、佐藤洋祐 照明:尾山隆之 カラーグレーディング・オンライン編集:織山臨太郎 音響効果:増子彰 整音:富永憲一
配給:東風 プロデューサー:⽯川朋⼦ 制作:digTV
製作:『京都ALS患者嘱託殺人事件』製作委員会 監督:⼆村真弘
2026年|日本|98分|DCP|ドキュメンタリー
©『京都ALS患者嘱託殺人事件』製作委員会