『エヴィレンコ』旧ソ連に実在した連続殺人犯をマルコム・マクダウェルが怪演する幻の映画が本邦初公開!

レビュー

文:立石なるみ
※2026年10月6日オンライン試写にて鑑賞。

 1980年代末の旧ソ連。教師として働いていたエヴィレンコは、共産主義思想に強く傾倒する一方、女性や子どもを標的にした連続殺人を繰り返し、やがて捜査当局の追及を受けることになる。果たして、彼が告白した内容とは――。
 『エヴィレンコ』は、社会が揺れ動く時代を背景に、実在の連続殺人犯アンドレイ・チカチーロをモデルにした、ホラームービー。2004年に製作されるも、日本では長らく未公開だった幻の作品が、いよいよスクリーンにその姿を現わす。

『エヴィレンコ』ポスタービジュアル

 まず恐ろしい点として、エヴィレンコが最初から社会の外側にいる人間として描かれているわけではないことだ。彼には寄り添ってくれる伴侶がおり、かつては教職にも就いていた。しかし、そんな生活の裏で、女性や子どもを標的にした人殺しに手を染めていく。彼がどのような日常を送っていたのか、そのすべてが見えるわけではない。それでも、社会の中で生きるひとりの人間が、恐ろしい犯行を重ねているという事実が、強烈な不気味さを生み出している。“殺人鬼”というと、どこか自分たちとはかけ離れた、特別な人間を想像してしまいがちだ。けれど、現実にはこちらが相手の本性を知らずに、身近な空間で生活していることもある。街ですれ違う人間が何を考え、どんな顔を隠し持っているのか、外見だけで見抜くことはできない。エヴィレンコの存在は、そんな当たり前のことを、あらためて突きつけてくる。公園で、列車の中で、彼は姿を現わしては、犯行に及ぶのだ。

赤い怪物はどこにでも現れる

 どのような思想や境遇があったとしても、殺人を正当化することはできない。本作では、犯行だけを切り取って単純な悪として片付けるのではなく、彼が生きた時代や社会、そして思想との関係も描かれている。民主化へと移りゆく共産主義政権下の混沌とした社会状況が怪物を生み、野放しにしてしまったのではないか。いつだって、悪魔はその時代に即した恐怖を備えるのだ。
 その恐怖を形づくる要素のひとつが、旧ソ連末期という時代背景ではないだろうか。グレーがかった建物や無機質な街並みからは、どこか閉塞感が漂う。作中には、ペレストロイカによって社会が変化していく時代の空気も描かれている。KGBも意に介さずに捜査機関が動き出す展開からは、時代の流れとともに、エヴィレンコが信じてきた共産主義の主張が通用しなくなっていく様子がうかがえた。自らの思想に固執し、時代の変化に苛立つエヴィレンコの姿は、個人の狂気だけでなく、変わりゆく社会のなかで居場所を失っていく多くの人々にも重なる。

『エヴィレンコ』は壊れゆく社会と
壊れきった個の関係性を見つめる物語でもある

 エヴィレンコを演じるのは、マルコム・マクダウェル。『時計じかけのオレンジ』(1971)のアレックス役で見せた、感情や暴力性をむき出しにしたテンション高めのオーバーアクトを思い浮かべる人も多いだろう。『エヴィレンコ』では、内面の読み取れない理解不能な存在を、佇まいや姿勢、ちょっとした不自然な仕草などのディティールの積み重ねでもって体現。アレックス役から30年以上を経て、長年の俳優経験にて培われたベテランの技量で、新たな狂気の演技を見せてくれた。子どもに心を開かせるような言葉を巧みに操り、すっかり信じ切ったところで犯行に及ぶ場面も恐ろしい。激しく感情を高ぶらせながら検察に迫る姿と、子どもに穏やかに微笑みかける姿。その両極端な表情を違和感なく行き来するマクダウェルの演技が実に見事だ。狂気と優しさをバランスよく演じ分けることで、単なる理解不能な殺人鬼では片付けられない、エヴィレンコという人物の底知れなさを際立たせている。 

怪物を追い詰める者が最後にヤツとどう対峙するのか
その衝撃の対峙方法に驚いてほしい

 そして今回、この『エヴィレンコ』が、8月より全国順次公開中の『ヘンリー』(1986)、今秋より全国順次公開予定の『アングスト/不安』(1983)とともに、3本からなる殺人鬼特集「衝撃の非情3作品」のひとつとして上映される。この3本が東京のシネマート新宿で上映されることには、個人的にはとても感慨深い。自分にとって『アングスト/不安』には少し特別な思い出がある。当時、シネマート新宿では、劇中の凄惨なシーンを段ボールで再現してロビーに展示したり、エレベーターにはメインビジュアルの狂人フェイスをずらりと貼り出したりしていた。いま振り返っても、かなり尖った展開だったと思う。そんな尖り切った姿勢に惹かれ、シネマート新宿のスタッフとして働いていた時期があった。いまでは懐かしい思い出だ。

シネマート新宿では「衝撃の非情3作品」を猛烈に訴求して、観客を出迎えている

 「衝撃の非情3作品」には、どれも異なるタイプの殺人鬼が暴れまわっている。『ヘンリー』は友人とともに土地を変えながら、淡々と殺人を続けるサイコパス。『アングスト/不安』は刑務所からの仮出所後すぐに、ある民家に侵入して血の雨を降らせる狂人。そして『エヴィレンコ』では、場所を選ばず、狙いをつけた被害者たちを襲い、殺した相手の肉まで食うモンスターの凶行を追う。同じ“殺人鬼”という題材でも、時代背景、彼らのパーソナリティ、犯行の手口は違ってくる。各作品の作り手は、鬼畜の所業を通して、殺人鬼をどのような存在として見つめ、恐怖の源泉を分析したのか。そんな視点で作品を見比べるのも、シリアルキラーものを鑑賞する上での面白さだ。それぞれの狂気と戦慄を味わってみてはいかがだろうか。

10月10日にはシネマート新宿でヒロシニコフと山崎圭司によるトークショーも実施。映画にちなんで向かい合わせで座る2人が白熱の殺人鬼トークに花を咲かせた

『エヴィレンコ』
10月9日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開

監督・脚本:デヴィッド・グリエコ 撮影:ファビオ・ザマリオン 音楽:アンジェロ・バダラメンティ
出演:マルコム・マクダウェル、マートン・チョーカシュ、ロナルド・ピックアップ
2004年|イタリア|カラー|118分|PG-12|原題:Evilenko キングレコード提供 アンプラグド配給 

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【執筆者】
立石なるみ(たていし・なるみ)
元・シネマート新宿スタッフで、ライター修行中。人生ベストムービーは『ゴーストワールド』。月刊『映画秘宝』や映画秘宝公式noteにて執筆。ディスクユニオン刊行『シネマノート』寄稿。

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