『健康ちえのわトランポリン教室』他者との“結びつき”から離れ、“衣”を脱ぎ捨てた人間はどこへ向かうのか

レビュー

巻頭写真 『健康ちえのわトランポリン教室』より。主人公の結依(演・⽥野真悠)
文:後藤健児

 “健康”、“ちえのわ”、“トランポリン”、“教室”。どれも柔らかく健全な言葉に聞こえる。しかし、これらをつなげてみるとどうだろう。「健康ちえのわトランポリン教室」――途端にいかがわしい響きと字面に変貌してしまうではないか。石川皓一監督による奇妙奇天烈なタイトルの『健康ちえのわトランポリン教室』はひとりの女性、結依が遭遇する救済の物語だ。

『健康ちえのわトランポリン教室』ポスタービジュアル

 結婚2年目の専業主婦、結依はある日に「健康ちえのわトランポリン教室」なる教室を目にする。なんとはなしに覗いてみた学び舎では、参加者たちがリズムに合わせてトランポリンで飛びはねながら“知恵の輪”を解くという怪しげな教えを実践していた。気づけば教室に通うようになった結依の日常は変わりだす。教えを授ける“先生”や参加者たちとの交流を通して、押し込めていた自身の心のうちが解放されるのを実感する結依。そして、家庭内で結依の心を傷つけてきた夫、恒平との関係性も主体的に変えていこうとする。
 絡まり、こじれ、解きほぐすことなど不可能と思っていた心が解き放たれていくことで、初めて安穏を得る結依だったが、“輪”が外れるとはつまり、日常からの逸脱も意味していようとは、まだ彼女は知らなかった……。

家族のようなコミュニティを形成する黒づくめの“先生”(演・香賀隆乃)と参加者たち

 本作はいわゆる“カルトスリラー”に属するだろう。悩める者たちがとある共同体に集い、そのコミュニティの中で自身を見つめなおして新たな視座を得るも、“外”にいる人間たちとの軋轢や共同体が目指す真の目的に直面したことで恐怖を味わう。こういった作品では取り込む手口をどうするかが作り手の腕の見せどころ。催眠暗示殺人を描いた黒沢清監督『CURE』(1997年)では、点滅する光や一定間隔で滴り落ちる水が、人々を一種のトランス状態に陥らせていた。石川監督が選んだのは知恵の輪とトランポリン。本来、知恵の輪解きは手以外は動かさないことが求められるし、トランポリンは身体のバランスを保つために手元を不規則に動かすなどご法度。この相反するチャレンジを統合させることは、炎と氷、陰と陽といった万物の均衡をとろうとする“世界とつながる”行為に思える。身も心も悟りの境地に近づこうというのだ。おまけにカチ、カチ、カチ……と機械的なメトロノームの音に合わせることで、人間が持つ愛すべき不確実性さえも捨て去らせ、“何か”に変身させようとする。

「深く、深く、深く」「内に、内に、内に」という掛け声も禍々しい

 これまでのカルトスリラーがそうであるように本作も、教えにより解放を得て、生きやすくなった日常に感謝する人々の笑顔が映し出される。もやもやした鬱屈を抱える結依が、強い意思を持って人生を切り開いていこうとする様。動機自体は決して否定されるものではなく、観客も生まれ変わった結依の姿を見て、ほっとした気分になるだろう。
 ところが、突き進んだ先に闇が待つ。ある人物から真実を知らされた恒平は、結依に教室通いをやめるよう懇願する。けれど、その頃には自らが人生の主であることを取り戻した結依は、夫の言葉などに耳を貸さず、さらなる“真実の自分”を求めて、解放の沼にはまり続けていく。他者との関係性には常になんらかの絡まりがあるものだし、摩擦があるからこそ火が起こされる。火は人を暖めもすれば、燃やしてしまう場合もあるが、火とつかず離れずの関係性が社会を発展させてきた。

すれ違う結依と恒平(演・下遠航)
本作は“夫婦”という結びつきの物語でもある

 他者との“結びつき”から離れ、“衣”を脱ぎ捨てた結依はどこへ向かうのか。恒平=世間一般の目から見れば、光の差さない暗がりの道筋かもしれない。だが、『CURE』で心の解放により手を血で染めた者たちの、憑きものが落ちたかのような顔を思い出してほしい。結依たち教室の参加者も同様だ。“健康”には多くの意味が含まれるけれども、ひとつの定義としては「自分らしく良好に生きられること」とある。多くの信仰を扱った物語が、幸せの定義や正しさの線引きをテーマにしたように、『健康ちえのわトランポリン教室』もまた信仰と定義の物語であったのだ。

闇に浮かぶ笑顔が意味するものとは?

『健康ちえのわトランポリン教室』は東京・池袋シネマ・ロサで現在公開中。

【CAST】 ⽥野真悠 下遠航 ⾹賀隆乃 岡凛 佐々⽊敦⼦ ⽟城琉太 鷲⽥五郎 志村宗⼀郎 Sawa 桜井和華 ⼤天裕亮 福⼭⾹温 ⼩枝花野 ⼋嶋澄 SHUON
【STAFF】 監督・脚本・編集:⽯川皓⼀ プロデューサー:宮沢⼤ ⾳楽:⼩林リコ 撮影・照明:中原勇貴 録⾳:外村セビヨ鉄⼈ 久保⽥⼤介 志萱⼤輔 平井諒 板⾕洋 ⼩畑智寛 整⾳・⾳響効果:荒川翔太郎 グレーディング:中原勇貴 ヘアメイク:佐藤晴菜 伊東まどか ⼩⾕川春奈 美術:宮沢⼤ ⽯川皓⼀ 助監督:志筑司 佐藤祐達 川名正⼈ 撮影助⼿:⼩池葉菜 久保⽥⼤介 橋本后央 制作:福⼭⾹温 制作応援:堀雄斗 機材協⼒:稲垣亮太 溝⼝道勇 アソシエイトプロデューサー:出町光識
配給:Cinemago 企画・製作:平成ナヌーク
2025年/日本/カラー/ステレオ/103分/DCP
©HEISEI NANOOK