取材・文:
11月25日より、キム・ジョングァン監督による韓国映画『夜明けの詩』が公開中だ。11月26日、東京・シネマート新宿での上映後舞台挨拶に、来日中の監督が登壇、制作秘話を語った(聞き手のイベントMCは、ラジオDJでK-POP評論家でもある古家正亨)。
『夜明けの詩』は人の心の光と闇を見つめたドラマだ。イギリスからソウルに帰国した小説家の男が心に深い葛藤を抱える四人の男女と出会っていき、自身の記憶に向き合う物語。終始、沈鬱な雰囲気の中、静かに寂しく時間が過ぎていくストーリーテリングには、他人がひっそりと綴った詩や私小説をふと目にしたかのような印象を抱かせる。うら寂しくも小さな優しさに包まれた映画だ。
主人公の小説家・チャンソクを演じるのは、ヨン・ウジン。『ときめプリンセス婚活記』やドラマ『39歳』など恋愛ものでの演技に定評があり、”ロマンス職人”とも呼ばれる。一方、骨太サスペンス『出国 造られた工作員』や、禁断の愛欲に溺れる兵士を熱演した『愛に奉仕せよ』などの作品にも出演。一つのイメージに限定されない幅広い役柄に挑戦している。主人公と出会う人々には、ミュージシャン・IUとしても活動するイ・ジウンをはじめ、名バイプレーヤーとして韓国映画になくてはならない存在のキム・サンホ、『毒戦 BELIEVER』でドラッグを製造する聾唖兄妹の妹役を演じたイ・ジュヨンが扮した。
監督のキム・ジョングァンは、2004年の短編『ポラロイドカメラの使い方』で注目を浴び、その後、『最悪の一日』や『窓辺のテーブル 彼女たちの選択』、アンソロジードラマ『ペルソナ-仮面の下の素顔-』の一遍「夜の散歩」を手掛けていった。犬童一心監督の同名日本映画を2020年に韓国版としてリメイクした『ジョゼと虎と魚たち』でも監督を務めた。
11月19日に広島国際映画祭で韓国版『ジョゼと虎と魚たち』の監督トークショー付き上映があり、キム・ジョングァンは10日以上前に来日。そのままずっと日本に滞在しているという。彼は日本好きで知られており、「元々、日本の小説や映画が大好きで、個人的に旅行にも来ているんですけど、作り手の僕にとって大きな影響を与えています。日本に来ると、心安らぐといいますか、それと同時に作者としてのヒントも得ることができます」と日本にいることの心地よさと創作にもいい影響があることを語った。
韓国版『ジョゼと虎と魚たち』はメジャー作品として、『夜明けの詩』は低予算作品として、同じ年に作られたという。着想について、「『窓辺のテーブル』は、一日にある一つの空間でカップルが対話をする内容でした。そのことを踏まえて、今度は同じ会話劇であっても違うスタイルのものを作ってみたいと思いました」とコメント。会話劇へのこだわりをうかがわせた。
イベントMCの古家正亨は本作について、「音一つひとつへのこだわりだったりとか、会話はもちろん、一つひとつのシーケンスに何か意味がきっとあるんだろうなとスクリーンを見守りながら楽しめました」と各シーンの意味を考えながら鑑賞したと語った。そこから話は、より具体的な制作裏話に移っていく。キャスティングには、作品のテーマが深く関わっていることが明かされる。「ヨン・ウジンさんは『窓辺のテーブル』で一度お仕事をしたことがあります。今回、この映画を撮るにあたっては、一人の主人公が多くの人との会話を続けながら、内面的に変化をし、それが創作につながる内容であるため、繊細で、話を聞いたあとのリアクションがすごく大切だと思ったんです。それができるのはヨン・ウジンさんしかいないと思い、キャスティングをしました」と説明。
続いて語られたのは、イ・ジウンを起用した理由。「以前、一緒に仕事をした『ペルソナ』は”生と死”を扱っており、今回の作品も同じテーマだったので、着想をし始めた頃に、イ・ジウンさんに相談をしてみました。皆さんご存知のとおり、イ・ジウンさんは有名なアーティストであり、俳優さんでもあるんですけど、とても挑戦好きだと思うんです。なので、彼女に出演を依頼しました」と明かした。その言葉のとおり、本作はイ・ジウンの新たな魅力の開花につながるチャレンジとなったようだ。
日本好きのキム・ジョングァンは本作の中に、日本で手に入れたあるものを登場させている。BARのシーンに登場する、ウイスキーのグラスがそれだ。この印象的なグラスは新宿ゴールデン街で入手したとか。「(新宿ゴールデン街の)とあるバーでお酒を飲んでいて。そこのマスターが飲んでいたグラスが、一部欠けたところがありつつも、とても美しかった。マスターからは”僕もいつもそう思って飲んでいるんだけれど、初めて会ったあなたに言われてとても嬉しい。このグラスの美しさを他に分かっている人はいなかった”と言われ、プレゼントしてくれました」と小道具に秘められたエピソードを披露。さらにそのBARで過ごした記憶も映画の中に落とし込んだという。ちなみに、グラスを映画に登場させたことをBARのマスターは知っているのかと問われ、「お知らせしたいんですが、ゴールデン街はお店があまりに多くて、捜せないんです」と苦笑した。
監督の気持ちをつかんだ新宿ゴールデン街。路地好きで、自身の映画に多くの路地を登場させているキム・ジョングァンは「ゴールデン街をメインにした作品もできるのではないかな」とコメント。すかさず、イベントMCの古家が「そのときには是非マスター役でお願いします」とアピールし、会場からは笑いが漏れた。
この日、客席には多くの観客が集まった。舞台挨拶の後半では質問タイムが設けられ、時間の許す限りの質問に答えていった。
鬱々として静かな映画だったと感想を述べた観客からは、空間に光が当たるシーンについての質問が投げかけられる。本作のルックについて、「今までの作品の中でも特にうら寂しい、暗い映画です。撮影監督と話をしたんですけど、あらゆるものには光と影があり、特に闇の中にもまた光と影を探してみようという話になりました」と語ったが、その言葉は本作の日本公開用ポスターに書かれたキャッチコピーの”影は光を強くする。”とまさに呼応していた。
主人公がタバコを吸うシーンには気を使ったようで、「スクリーンが暗くなるけれど、観る側の負担にならず、暗さを受け入れられるように注意しながら撮りました」と語り、続けて「”生と死”は絶望を表しますが、その中に何か”希望”のようなものがある」と作品の核となるテーマに言及。
日本人の監督や俳優で気になる人はいるかという質問に「文化は素晴らしいもの。住むところも言語も違うけど、感じていることは似ている」と前置きした上で「特に成瀬巳喜男さんの映画が好きなんです。彼は監督として本当に数多くの作品を作られた。作り手として一つ作って終わりではなく、コツコツと積み上げていくのは大事だと思い、尊敬しています」とリスペクト。
そして、自身がリメイクした『ジョゼと虎と魚たち』のオリジナル版に多大な影響を受けたという。「(2007年制作の)『ジョゼと虎と魚たち』が上映された時、僕はまだ二十代で、本当に多くの影響を受けました。監督さんをはじめ、素晴らしい俳優さんたちが出ていて、自分が映画を撮る時にそういった日本の俳優さんを使ってみたい」とコメント。
続いて、気になる俳優について答えようとした時のこと。名前を口に出すことの恥ずかしさから、どんどん声が小さくなり、会場からは温かい笑いが起こる微笑ましい一幕も。なんとか聞き取れたのは二人の俳優の名前だ。「『窓辺のテーブル』は女優さん主体の映画でしたが、そういったものを日本の俳優さんと使ってまた作ってみたい。安藤サクラさん、黒木華さんが気になる俳優さんです」と語った。
フォトセッション時、観客の中に監督へ向けた手製うちわを持った人がいることに気づいたキム・ジョングァンは「監督うちわは初めての経験」と感激した様子。そして、観客に向けて語りだす。「この映画は少しうら哀しい、寂しいものが漂う映画ではあるけど、その中に一種の希望のようなものを感じられる映画」とあらためて本作が”希望”の物語であることを説明。
最後には「皆さんも映画を通していろんなことを感じてほしい。映画は個人に贈る手紙。僕と似た人や好きな人に贈るもの。皆さんもこれを機にもっといろんな映画を観ていただければ。そして、皆さんとより深いお友達というか知り合いになれればいいなと思います」とこれからも観客との絆を大切にしていく強い思いを語り、締め括った。
『夜明けの詩』は11月25日より公開中。
